
昨夜思い出して書いておこうとしたのは、私が4歳もしくは5歳当時のことである。幼稚園に通っていた。私は幼稚園に行くのがいやだった。それを母親が無理やり連れていこうとするのである。弟がいた。私は泣きながら母親に手を引かれて幼稚園に向かっていた。弟が泣いている、情けない私を不思議そうに歩きながら見ていた。どうして行きたくなかったのか。それが分からないのだが、理由も無く、外に出るのがいやだと駄々をこねることは、私にはよくあることだった。誰がなんと言おうと、一度行かないと宣言したら、なにがあろうと絶対に行きたくなくなる。気分がますます内向きになって閉じこもる傾向がある。これは未だに私の性格を特徴付けている。だが、体力勝負に出た母親の強引な行動には、泣いて逆らうより他にはなかった。幼稚園に着くまで、泣きながらダダをこね続け、母親の手にぶらさがるように連れて行かれたのである。幼稚園ではホールで遊戯のようなことをやっていた。わたしは泣き止んではいたのだろうが、その輪に加わることができなかった。母親から離れるのが怖かったのだ。すると二歳下の弟がひょこひょこと出て行き輪に加わって、みなと一緒に踊りだしたのである。そうした性格の弟に対して、ねたんだような気持ちは覚えていないが、うらやましい感じがしたことだけは覚えている。弟のほうが、自分より立派だと思えたのである。その日のことで覚えているのは、それだけだ。その二つの場面だけで後先のことは、まだ記憶の外側に上ってこない。他にも思い出せそうな気もするのだが無理かもしれない。感心するのは、人というものは、いくら幼くても自分への批評というものがあることだ。弟の性格をうらやんだ、それが一つの自己批評といえるだろう。「三つ子の魂、百までも」というが、すでに、わたしは、自分が決して人の言うことを聞けない、まるで人間ではないなにかが自分の中に住んでいるのではないかと、うすうす感じていた。それが4歳または5歳のときだった。